
◆18世紀、カリブ海のフランス植民地、サン・ドマングから物語はじまります。
照りつける太陽の中で、コーヒー豆を摘む奴隷の少年こそ、若き日の「黒い悪魔」、アレクサンドル・デュマでした。
アレクサンドル・デュマというと、『三銃士』や『モンテ・クリスト伯』などの名作を残したフランスの作家が思い浮かぶと思いますが、この少年はその作家デュマの父親に当たる人物です。
父親と同じ名前なんですね。
彼は1762年、黒人奴隷の母親とフランス人農場主との間に生まれました。
いわゆるムラート(黒人と白人の混血)です。
デュマという性はフランス語の「du mas」(農家の)からきていますから、その名前が出自を暗示しているわけです。
彼はフランス人の父親の気まぐれでフランスに呼び出された後、出世のために軍隊に身を投じます。折しも時代は1789年からはじまったフランス革命の真っ只中。
彼の属する部隊は「王妃付竜騎兵第六十連隊」から「第六竜騎兵連隊」へと呼び名が変わり、将校を独占していた貴族たちが亡命してしまったことで、軍隊は実力主義になっていきます。
デュマは革命の中でめきめきと頭角を現し、フランス共和国軍の将軍にまで上り詰めますが…。
◆世界史との関係で興味深い部分を2点みてみたいと思います。
ひとつ目は革命と軍隊の関係です。フランス革命以前、アンシャン・レジームの軍隊には社会と同じように身分制度がありました。
日常生活において平民が貴族に逆らえなかったように、軍隊でも平民出身の兵卒は貴族出身の将校の下に置かれていました。
平民では、いくら実力があっても偉くなれない。下士官である軍曹が事実上の最高位です。
デュマ将軍の躍進は、彼本人の能力もさることながら、革命による大転換が背景としてあったからこそ可能でした。
また、当時の軍隊の「適当さ」も現代に比べ興味深いところです。
自前で兵士と指揮官をかき集めた人物が、共和国の正規軍に編入され将校となる。
革命で生まれた素人の国民衛兵や志願兵が、旧フランス王国軍と混ざり合って戦列を組む。
連隊長が、軍資金を使い込んでしまい、部隊にはまともな軍馬も与えられない。
などなど、なんでもありです。
まだまだ国家が軍隊を統率しきれていない様子が感じられます。
まさに、国民国家の軍隊ができあがる最中ですね。
▼イエナの戦い(1806年)のフランス軍竜騎兵
(Public Domain/Wikimedia Commons)
◆興味深いもうひとつの点は「奴隷の視点」です。
デュマは奴隷出身であるだけに、フランス革命では忘れられがちな奴隷の存在にも気を配ります。
結論からいうと、フランス植民地の奴隷にとって、フランス革命は革命ではありませんでした。
革命の中、急進的なジャコバン派の独裁時代に奴隷解放宣言が出され一時的にフランスに奴隷制はなくなりました。
しかし、貴族に代わって政治に影響力を行使するようになったブルジョワたちにとって、植民地経営を脅かす奴隷制廃止は歓迎されません。
植民地に土地を持つ地主にとっては、奴隷がいなくなってしまうと困るのです。
1794年、テルミドール9日のクーデタの後の反動政府は奴隷制を再度検討。
その後、ナポレオンの時代に奴隷制度は復活します。
ロベスピエールの処刑くらいしか教科書には載っていませんが、重要な事件だと思います。
しかし、革命が奴隷制になんの影響ももたらさなかったというと、そうではありません。
革命の中で一度は手にした自由を、人々は簡単に手放さなかったのです。
フランス革命の中はじまった黒人奴隷の蜂起は、トゥサン・ルーヴェルチュールを指導者とした独立運動へと発展。
本国の反動後もナポレオンのフランス軍を撃退し、1804年には世界初の黒人による共和国、ハイチ共和国を建国するに至ります。この部分も、小説で取り上げられています。
▼演説するトゥサン・ルーヴェルチュール
(Public Domain/Wikimedia Commons)
フランス革命をすこし違った視点から見てみたいと思ったらぴったりの本です。
息子や孫の生涯は『褐色の文豪』『象牙色の賢者』として描かれており、デュマ三部作となっています。
◆参考:佐藤賢一『黒い悪魔』文藝春秋、2003