
◆「執事」といったら、どこの国を思い浮かべますか?おそらく、多くの人が「イギリス」と答えると思います。ご主人様に忠実に仕え、常に冷静沈着。パリッとした服に身を包み、アフタヌーンティの準備のために、てきぱきと使用人に指示を出す、というのが執事のステレオタイプではないでしょうか。
使用人には、上は執事や女中頭、家庭教師から、下は馬車の御者や女中まで様々な職種があり、多くの人がこの仕事に従事していました。18~19世紀のイギリスでは、多いときで、10歳以上の女性の10人に1人がこの仕事についていたようです(19世紀末)。一般に、弁護士など中流階級なら数人、地主なら数十人が1つの家に仕えていたようですが、大貴族ともなると3桁の使用人を雇っていたというから驚きです。
本集は、使用人という側面から、イギリスの歴史を明らかにしようとしています。そもそも、なぜ使用人の本場はイギリスといわれるのか、から始まり、彼らのお給料や生活実態、主人との関係など、興味深く書かれています。
◆先日、『アルバート氏の人生』という19世紀のアイルランドを舞台にした、使用人(厳密に言うといわゆる家事使用人ではなく、ホテルのスタッフなのですが)が主役の映画をみました。そのときに、使用人が主人に酷い扱いを受けても、その職場に留まろうとしているのを観て疑問に思いました。なぜ、こんな扱いをされても耐えているのか、いまいちピンときなかったのです。

本書を読んで、その理由がわかりました。確かに、使用人の仕事は重労働で、厳しいものでしたが、当時の仕事としてはマシな方だった、というのが理由のようです。当時のイギリスは世界の工場ですから、製造業が主軸です。そのため、石炭を掘るための鉱山や工場で働く労働者が大勢いましたが、空気も悪く、重労働で、機械を使うため、怪我や病気の危険性も高かったわけです。
それに比べれば、主人である貴族やブルジョワの家での寝食を保障され、ときにはチップやご馳走の食べ残し、ビールの拝借などの役得があった使用人は、最底辺の仕事ではなかったわけです。
▼18世紀の女中
◆本書の最後では、現代に残る使用人についてまとめられています。印象的だったのはナニーと呼ばれる乳母が、現代にもけっこうな需要があるという部分。乳母といってもお乳をあげるのではなく、もっぱら育児が専門です。保育士の出張版というのに近いのでしょうか。
共働きの家庭が増える中で、保育を専門的に担う人への需要が大きいようです。けっこうな出費になるので、複数の家庭でまとめて1人のナニーを雇うこともあるんだそうです。ナニー専門の養成学校まであるそうで、そこを卒業したナニーはあちこちで引っ張りだこだとか。日本とはずいぶん様子が違って、興味深いですね。
参考:小林章夫『召使いたちの大英帝国』2005、洋泉社