▼インカ帝国(Wikipedia)
◆インカ帝国。現在のペルーを中心に、エクアドルからチリまで南北2000キロを支配した大きな帝国です。
12世紀頃、に小さな部族として誕生したインカは、15世紀になると領土を急速に拡大し、首都クスコの皇帝を中心とした中央集権国家になっていました。
ところが1533年に、スペイン人フランシスコ・ピサロによって征服され数百年の歴史を終える。
インカ帝国というと、インカ=ピサロ、アステカ=コルテスと征服者を暗記するだけで終わってしまうこともあります。
しかし、1000万人の国民がいたといわれる大帝国です。スペイン人に征服された「かわいそうな文明」というだけではもったいない。
アメリカ大陸は、世界の食に大きな影響を及ぼした地域です。
ということで、インカ帝国の食についてみていきます。
◆インカ帝国での庶民(ほとんどが農民)は、アメリカ大陸原産のトウモロコシとジャガイモを主食としていました。
ユーラシア大陸やアフリカ大陸で知られていた米や麦はアメリカ大陸にはなかったんですね。
アメリカ大陸の先住民は、メソポタミアの農民が野生の麦で行ったように、野生のトウモロコシやジャガイモを何年もかけて品種改良してきました。
調理はいたってシンプル。トウモロコシやチューニャを煮たものが基本です。
チューニャというのは乾燥ジャガイモのことで、アンデスの厳しい自然を利用してつくられました。
ジャガイモを夜、屋外に置いて凍らせる。戻してぶよぶよになったものを踏んで水分を出す。昼には天日干しにする。
このサイクルを何回も繰り返すことで、ジャガイモから水分を奪い保存食にしたのです。
トウモロコシは煮込み以外にも、粉にして水と混ぜ、パンのように焼いて食べることもありました。
煮込みの味付けには、もちろんアメリカ大陸原産のトウガラシも使われました。
◆アメリカ大陸には馬も豚も牛も、羊も山羊もいませんでしたが、その代わりにラクダ科のリャマやアルパカがいました。
これらの動物は、険しい山道での物資運搬に重宝され、また毛や皮は衣類の材料になったため、メインは食用ではありません。
食べるときは、ジャガイモと一緒に煮込みました。リャマは乳の量が少なく、乳製品はあまりないようです。
ユーラシア大陸でも、馬(運搬)や羊(羊毛)よりも牛や豚が食用として一般的ですね。
また、アンデス地域に特徴的な食べ物としては、クイがあります。
クイは日本ではテンジクネズミとも呼ばれる大型のネズミです。クイは家の隅で飼育され、特別な時に食べられました。
▼リャマ(Wikipedia)
▼クイの仲間、テンジクネズミ(Wikipedia)
◆インカ帝国の農民は、これらの食事をチチャで流し込んで食べました。
チチャはトウモロコシのどぶろくといったところです。
トウモロコシを少量噛んで、トウモロコシの液に戻してつくります。
唾液と混ぜることでデンプンを糖化させ、その糖が発酵することでお酒になるのです。
お米を噛んで甘くなるというあれですね。
日本酒のどぶろくも、トウモロコシと米を置き換えれば基本的には同じ作り方です。
発酵を止めないので酸っぱい味がするんだとか。このチチャを醸すのは女性の大事な仕事でした。
◆このようにインカ帝国の庶民の食卓はトウモロコシとジャガイモを中心に、少しの肉を食べ、チチャを飲む、というものでした。
もう少し位が高くなると、沿岸部から運ばせた魚もよく食べたようです。
◆参考:泉靖一 著『インカ帝国―砂漠と高山の文明』1959、岩波新書